「財務」「会計」の学習というと、必要性を感じながらも、少し苦手意識をお持ちの方も多いのではないでしょうか。このテーマを個人の自己学習に任せず、社内で重要テーマとして扱いしっかりと研修を実施される例が増えています。
社内でファイナンス(財務)研修を実施いただいた、アサヒグループホールディングス株式会社 R&D推進部 協創推進グループ グループリーダー 池田恒広様にお話を伺いました。
聞き手は日本能率協会 副島一隆です。(以下、敬称略。所属お役職はインタビュー当時)
研究開発に財務が何故必要か?
(副島)
まず、池田さんの現在の立場と社内での役割についてお聞かせください。
(池田)
私はR&D(リサーチアンドデベロップメント)推進部の協創推進グループのリーダーをしていまして、アサヒグループの研究開発系社員の育成や、複数の事業会社の連携に関係する業務をしていますが、メインは人材育成です。我々のグループには、営業や工場での製造、エンジニアなどいろいろな職種の社員がいます。そのうち、研究開発系に所属している600から650人ほどの社員たちが育成の主な対象です。
(副島)
そこで人材育成にいろいろな研修を採り入れて実施しているのですね。
(池田)
そうです。
(副島)
現在、JMAでは、ファイナンス研修を提供させていただいています。研究開発部門の方に「ファイナンス」をテーマに研修するというのは、実務とのつながりがなかなかイメージできませんが、このテーマで研修を進めている理由や背景、目的を教えてほしいのですが。
(池田)
我々はR&D部門ですが、経営トップからは、「R&D&M&F」が必要だと言われています。M&Fというのは、「マーケティング&ファイナンス」のことです。
私たちの研究方針は、当然のことながら中期経営計画に基づいて立案しています。中期経営計画には、戦略マップというものがあるのですが、その1番上にお金をどういうふうに回すかということが書いてあります。次に顧客に対し、どのような価値を持つ仕事をするのかを規定しています。実際に私たちが手を動かしてものを作るのは業務プロセスの部分です。さらに、その「手を動かす人」を成長させるために、どういうふうに育てていくかも、戦略マップの中に入っています。仕事というのは最終的にお金につながるものですから、1番上に財務が書かれているのです。そこで積極的にお金を回すため、私たちもR&DやM&Fを勉強して理解していこうとしているところです。
これからの研究者は、お金がどういうふうに回るのか、投資対効果などもきちんと勉強した方がいいという提案があり、それをお金に関する教育を検討し始めました。
研究所からすると、リサーチやデベロップメントはやって当たり前です。これは主にOJTを中心に職場でスキルアップを図っています。先程申し上げたように、マーケティングとファイナンスの教育が重要になってくるという考えのもと、マーケティング研修を5~6年前にから実施していますが、ファイナンスの部分には手がついていませんでした。そこで、ファイナンス研修をスタートしたわけです。
(副島)
そうすると、今までファイナンスに対する考え方は弱かったわけですか?
(池田)
はい、研究系の人たちでファイナンスに興味を持って勉強している人はほとんどいないと思います。自分の専門ではないので必要ないと言うのが正確でしょうか。それを勉強する時間があるのなら、自分の専門に没頭し、もっと深いところを研究しようと考えているのだと思います。
(副島)
私も研究開発系の方にはそんなイメージを持っています。自分が納得いくものを最後まで突き詰めて考えるような。逆にファイナンスの考えがそこに入り込むと、研究開発に向けた行動に制約がかかったり、やりたいことができなくなったりしませんか。
(池田)
これからもしかしたら、そういう部分が見えてくるかもしれません。今は研究系に来た社員は3年ほど研究に没頭させようと議論しています。何らかの成果を上げ、研究者に向いているか、向いていないか判断できるぐらいまで、研究に専念させようと考えているのです。
ある程度、研究で成果を出し、年齢が35歳か40歳ぐらいになると、プロデューサーになります。その段階になったら、いろいろなことの見極めができますよね。そうなったら、財務についても勉強し、お金を回していけるようになってもらおうと考えています。
ですから、財務を勉強させる対象はその年代か、もう少し上の年代です。
4年ぐらい前にJMAさんにお世話になり、経営スキル研修を実施しました。
(※経営スキル研修:研究所の幹部社員に向けて「戦略」「財務」「法務」「組織」の知識をインプットする研修)
経営者の視点を持って、事業計画を練らなければならない人、所長や所属長を対象としました。
第1期、2期は「経営視点」を持つべき対象者ということで、ファイナンスも含めて4つのテーマを実施していましたが、第3期以降の対象者は、役割や年齢が少し下がってきているのもあり、ファイナンスだけをやろうという声が上がってきました。もちろん他のテーマも将来的には必要なのですが、まずはファイナンスでお金のところを深めようと考えました。第3期には、主にプロデューサーや過去に研修を受けていない所属長、さらにその下の年代の次期所属長に相当する人たちに受けてもらいました。
第4期の今年は次世代のリーダー候補でした。35歳ぐらいの次世代のプロデューサーを中心に実施しました。この研修は毎年すごく良かったという声があがるのですが、今年も評価が高かったですよ。
確認テストで自身の理解度をチェックする
(副島)
そうですか。ありがとうございます。私たちとしては非常にうれしいのですが、具体的にどういうところが役に立ったのか、どういうふうに見方が変わったのか、そういう受講生の声はありますか。
(池田)
私自身も毎回事務局として研修に参加をして、研修の雰囲気を味わったり、受講者に直接ヒアリングした結果、とても高い評価の研修になっています。
私たちの研究は、アイデアや発想から入り、研究開発を行い、最後にお金になるのか、ならないのかを判断しなければなりません。そのためには、市場を見る必要があります。つまり、マーケティング活動をしっかりと行うことが重要になってきます。 何年かしたら利益が出る、商売になるという確信がないと、なかなか提案はできません。
入社して3年や5年の若い人なら研究に没頭していればいいですが、プロデューサーや所属長になると、その研究から生まれた商品に市場があるのか、事業になるのかを見なければなりません。そんなとき、マーケティングとファイナンスの知識が必要だと思います。そういう意味では、投資と回収の考え方、見方については、実際にシミュレーション演習等を通じて理解できたという声がでています。
(副島)
この研修は講師が非常にいいと毎年、おっしゃっていただいていますが。
(池田)
非常に良い講師です。この研修がずっと続いているのは、それも理由の1つだと思います。
(副島)
具体的にどんなところが良いのでしょうか?
(池田)
人の感じ方、情報の取り方は、「目で見て判断する人」、「聞いて理解する人」、「その場の雰囲気を感じる人」に大きく分けられます。それぞれ3分の1ずつの人が3つの方法のうちどれかで理解しているとしたら、同時に分かりやすいように図で訴え、声に出し、感じさせなければいけません。講師の方は、そのそれぞれをバランスよく使って進めていただいているように感じます。そのためか、受講者の理解度も非常に高いです。
(副島)
なるほど。
(池田)
来年については、先にお話したように、ファイナンスの知識を持たせたい対象者は殆どが受講してしまったので、実施できるかどうかは分かりませんが、評判が良いので、実施したい気持ちは持っています。
来年は1回休んで、ある程度の数の対象者をストックできた段階で実施しようかとも考えています。すごく良い研修で、本当に評価が高いことは間違いありません。私も何回か会場で講義を聞いていますが、1番面白い研修です。
(副島)
今JMAが提供しているファイナンスの研修は、2日間のプログラムで、アカウンティングの基礎を半日、ファイナンスや投資対効果、企業価値という内容を1日半で提供しています。
この研修の特徴としては、研修が終了して1ヶ月後に確認テストをやっているところだと思います。確認テストはどのような意図で実施されていますか?
(池田)
最初のころは、テストの結果を「経営の視点を様々な角度からバランスよく見ているか」という視点で参考程度に見ていました。
今は、テストで間違えたところを本人に復習させることに主眼を置き、フィードバックしています。
(副島)
本人の気づきや理解をもうちょっと深めてもらうために、実施しているということですね。
(池田)
そうですね。やはりテストがないと、「いい研修だったよね」で終わってしまいます。研修はそもそもそうなりがちなものではありますが、テストがあることで緊張が生まれ、本人も勉強すると思います。
「悪い点を取ったらまずいな」という感じはあるでしょうから、1カ月の間は少し勉強しますよね。会社としてもお金をかけてやっていますから、しっかりと気づかせるためには、テストは重要な施策だと考えています。本人がちゃんと勉強して理解度を上げるために、テストしようとしているのです。多分、悪い点を取る人もいるはずです。でも、点が悪かったら、何が不得意で何が得意なのか分かります。
1泊2日のグループ研修だと、グループの中にすごくできる人がいたら、それに引きずられて、何が強くて何が弱いのか分からないままに終わってしまうでしょう。でも、テストが存在すると、自身の理解度がよく分かりますから。
異業種交流による刺激とは?
(副島)
4年前にさかのぼると、こういう経営目線でのテーマを研修体系に組み込むのは多分、初めてではなかったかと思います。当時企画を進めていて、障害になることや不安に感じること、悩みなどはありましたか。
(池田)
研究系の社員は、本音のところファイナンスや戦略などのテーマを勉強する意味を理解していない方が散見されます。その方が上手く理解できるように学習内容を企画すること、モチベーションをアップすることに課題を抱えていました。
この点は、JMAさんに率直に課題を投げかけ、解決できました。具体的には、理系の人でも良く理解できる内容、飽きさせないようなプログラム設計、参加者のレベルによって難易度をフレキシブルに対応していただける講師の方などにより、課題を解決できたと考えています。
(副島)
お客様の課題に合わせてカスタマイズしていくのが私たちの仕事なので、その点を評価いただけていることはとても嬉しいです。
(池田)
また、ちょっと話がずれるかもしれませんが、対象が所長や部長なので、年間の計画があらかじめ決まっています。土日に研修を入れないと時間が取れないので、1期、2期目はすべて土日で回しました。
参加者の年代は子供の小さい人が多いので、運動会の時期には研修に行けない人が2、3人出るなどしました。不平不満も非常に多かったです。だから、もしも今後やるとしたら、1年ぐらい前から日程を設定しておかないといけないですね。そこが少し反省したところです。
(副島)
受講する側のモチベーションも、効果に結構響いてきますので、そういった受講環境の部分でも、色々とご苦労があるのでしょうね。
(池田)
1期目は、この人たちには必ず受講してほしいということで指名をしました。
ただ、そのあとは指名ではなく、手上げ形式です。プロデューサー前後の人で自分から手を挙げた人は、モチベーションが上がっていたので一生懸命にやり、テストの結果も良かったです。良い方向で進んだと感じています。
(副島)
私たちが支援している研修以外にも、いろいろと研修を実施されていますが、手上げ方式で参加者を募るか、指名で強制的に参加させるか、使い分けていますか。
(池田)
分けています。例えば(技術経営の)MOTなど1人しかいません。これは本部長の推薦です。
部長レベルから手を挙げさせますが、毎年3、4人の自薦があり、その中から選抜しています。
その他の研修はだいたい、手挙げですね。人気がある研修は人が多すぎることもありますよ。
(副島)
先程拝見した研修体系の中でも、異業種交流を数多く実施しているところが特徴的だと感じています。これをやる意義や目的はどうお考えですか。
(池田)
異業種交流を増やしたのには理由があり、以前実施したアンケートに「いろんな人、会社と交流したい」という声がありました。
目的は、自分のモチベーションを上げることと、他社と比較することで自分のレベルがよく分かることだと考えています。社員も恐らく同じように捉えていると思います。 異業種の方と比べると、自分の欠けている部分がよく分かるのです。
例を挙げると、他社の方がマーケティングに詳しかったり、30代でファイナンスをやったりしているそうです。
今年はこの商品の売り上げがいくらあり、利益がいくら出たとすぐにフィードバックしてくるようなのです。30代の若いうちから、自分でクレーム処理なんかも全部やるみたいですね。私たちよりずっと進んでいます。
異業種の人たちで集まると、みんな意欲満々になります。最初から与えられるのを待つのではなく、すごく積極的に自分から何かを得ようと動いています。自分から積極的に発表もしています。これを見ていると、やはりやる意義があるように思います。会社に戻ってからも、行動がどんどん変わっています。
異業種4社のマーケティング研修では今、参加者の1番上が所属長クラスです。 受講後、「この研修いいよ」と部下に勧めているようで、その結果、手を挙げてくれる人も増え、良い循環が生まれています。
人材育成上の課題とは?
(副島)
ここまではなぜ、ファイナンス研修なのかという部分や、全体の教育体系についてお聞きしましたが、少し視点を変え、JMAと取引していただいている理由や感想について聞かせてください。お取引いただいて4年目です。ここまで継続して依頼いただいているのは、どういった部分を評価いただいたのでしょうか。
(池田)
最初のきっかけは、数年前にホールディングス主催で、幹部育成の研修が実施され、その時の受講者に研究所の責任者がいました。その研修が終わった段階で責任者から、「経営に関する知識を習得することは、研究所の幹部クラスにとっても非常に重要。私が受けた研修と同じような研修ができないか?」という話がありました。
その幹部研修をJMAさんにご支援いただいていたということで、本件もJMAさんにご相談したわけです。
そして実施をしたのが先程話に出た経営スキル研修です。実施した結果、非常に良い内容、講師陣でした。途中で、テーマの数を変更(ファイナンス研修に特化)しましたが、何年か継続してもずっと高評価です。生の声で「本当に良かった」と聞いています。
それがあるので、新しく変えることは全く思い浮かばず、「ぜひ次も」と考えました。
(副島)
講師とプログラムが良かったわけですか。
(池田)
そうです。それと実績ですよね。JMAさん全体として、研修ではかなり実績がありますし、既に我々のグループとのお取引もありますし。
あとは、JMAさんの担当者の方がかゆいところに手が届く印象を持っています。経験も豊富で、1つ要望したらいろいろな答えが返ってきます。例えばこちらが「こういうふうにしたい」というと、すぐに「これはどうですか」と回答していただけます。引き出しがいっぱいあるとよくいいますが、何をお願いしても答えが出てくるみたいなイメージを持っています。
(副島)
ありがとうございます。
さて、この研修から話は離れますが、これからも育成の体系ブラッシュアップしていくわけですよね。池田さんが課題として考えていることは何でしょう。人材育成上でも結構ですし、部門の職務推進上のことでもいいのですが。
(池田)
当たり前ですが、私たちは企業の成長には、人材育成が欠かせないと思っています。 成長支援所長会という会議を月に1回開き、社員の成長について話し合っています。
現状では、研修がすごく多いです。そうすると、応募が少ない研修もあります。せっかくいい研修なのに、応募が少なく、開催を断念したものもありました。
先程ファイナンスで2年ごとにやろうというようなことを申しましたが、ある程度の年齢になった人材が育つのを待ち、そのタイミングでやりたいと思っているのです。
教育を毎年やるのはすごく重要なことだと思いますが、せっかくお金をかけて開催しても、参加する人が少なかったり、やる時期が早すぎたりすると、もったいないものです。
研修のテーマとそういったスキル・能力が必要になる年代が重なる時期に、ぴったり合うような研修をやりたいのです。それが課題といったところでしょうか。
(副島)
タイミングと量と質を複合的に見ているわけですね。
(池田)
うまくやりたいと思っているのですが、そこが非常に難しいのです。
人材育成を通じて経営理念を実現する
(副島)
今、会社として、又は池田さんご自身としてぜひこれを入れたいというテーマはありますか。
(池田)
これは会社側の要望でもあるのですが、イノベーションにつながるアイデアに関する研修を数多くやっていきたいと考えています。良いアイデアを出すには、とにかく数を集めることと、アイデアの質を上げること、アイデアをかけ合わせることが必要になってきます。そういう手法を勉強してもらいたいと思っています。
(副島)
アイデアの部分だけなら、肩書きや年齢はそう関係しませんよね。対象層は幅広くても良いかもしれません。
(池田)
確かに、若いからとか所長レベルとかいうことはないですね。
今の課題として考えられることは、アイデアを生み出していくためにどんな施策をしたらよいのか?研修であればどんな内容にしたらいいのか、というあたりですね。
アイデアを生み出す方法はいろいろとあるでしょうが、発想法と掛け合わせ方法、グループでまとめる方法などを体系立てて研修にしたいと考えています。
これに関連して言うと、もう一つはアイデアを事業化するリーダーの育成が課題です。
所長や部長は研究について詳しいですが、そこから売り上げにつなげることが苦手な人が多いのです。それができる人を所長や部長クラスに限らず、育てたいと考えています。
実際に本社の企画系の社員でそういう企画ができる人がいます。そういう人を研究系から育て、本社へ行き、研究所に戻ってきたら所長を務めるようにできたら、ローテーションとしてうまくいきますね。
それは”研究についてなら分かるが、事業は分からない”という人では難しいと思います。
(副島)
今日のお話で、御社が社員の方をどう育てたいのかが良くわかりました。それに対し、必要なものをJMAからご提供できるという印象を受けました。
最後になりますが、池田さんの人材育成に関するポリシーについてお聞かせください。
(池田)
深い質問ですね、これは。
そうですね。敢えて言うのであれば、人材育成を通して、経営理念を実現するということでしょうか。我々の経営理念は、
「アサヒビールグループは最高の品質と心の込もった行動を通じ、お客様の満足を追求して、世界の人々の健康で豊かな社会の実現に貢献します。」です。
これを、研究所に当てはめて考えれば、“世の中にないイノベーティブな商品や技術の開発ができる人材を育成することは、世界にないものを作り、イノベーションで技術革新し、それを可能にする人材を育てること”ではないかと思います。
そして、個人的な夢としては明日のアサヒグループを担う人材を育成することです。
アサヒビールは研究系から社長が出たことがありません。研究所出身の方が社長を担い、アサヒグループを引っ張っていってもらいたいと思っています。
(副島)
どうもありがとうございました。