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採用力アップに向けて待ったなし!「フルリモート転勤」実現のためにすべきこと
近年、ライフプランを妨げる等の理由から、転勤のある企業は採用難傾向にあります。そんな中転居を伴わず、完全にテレワークで業務にあたる「フルリモート転勤」を導入する企業が登場。実現のためのヒントを事例とともにご紹介します。
フルリモート転勤とは何か?JTB、AIG損保のケースで話題に
ここでいうフルリモート転勤とは、転居も出勤もない新しいスタイルの転勤のことです。通常の転勤では、赴任先の土地に引っ越し、オフィスへの出勤が必要になります。しかしフルリモート転勤は引っ越しも出勤も不要。現在の生活拠点に住み続けたまま、赴任先の業務をフルリモートでこなします。
フルリモート転勤が加速した背景には、コロナ禍による緊急事態宣言でのテレワークの普及があります。新しい転勤のスタイルをいち早く導入し、話題になった2つの企業をご紹介します。
【JTBのケース】
国内の旅行大手・JTBは、47都道府県、世界38ヵ国に拠点を構え、国内・海外の転勤は当たり前でした。
2020年、緊急事態宣言をうけて、全社を挙げてテレワークを実施。そのうえで6月に社員アンケートを行ったところ、約4分の3の社員が支障なく働けていたことがわかりました。そこで10月に、社員が自分の希望する居住地を会社に登録し、テレワークベースで業務を行う「ふるさとワーク制度」を導入。それに伴い、以前から課題となっていた転勤のあり方も見直し、思い切って転居と赴任を伴わない転勤制度を実現させました。
地域間異動の辞令はありますが、現在20数名の社員が自分の希望する場所を拠点にして、遠隔地の部署の業務に就いています。これによって単身赴任を解消したり、実家で一人暮らしをする老親と住んだりとすることが出来るようになりました。
【AIG損保のケース】
外資系の金融大手・AIG損保は、47都道府県に営業店舗・事故受付センター約370の拠点があり、全国転勤は避けられませんでした。しかし2019年頃からは、転勤を嫌がる学生が増えたことで採用難の問題に直面していました。
そこで全国を約10エリアに分け、「希望するエリアで働く社員(転居を伴う転勤はないが、エリア内異動の辞令はあり)」と、「全国の転勤を受け入れる社員」に分け、希望しない転勤を廃止。すると次の新卒採用枠には、廃止前の10倍の募集がありました。
さらに2021年からは、東京居住が前提だった本社・管理部門の社員に対し、希望する土地で仕事ができる「勤務地自由」のフルリモートをテスト実施。こちらも滞りなく業務をできることがわかり、将来的には全社員を「勤務地自由」にすることを目指す考えです。
これまでの転勤の実情
従来の転勤事情は、一般的にどのようなものだったかを、「企業の転勤の実態に関する調査」(独立行政法人労働政策研究・研修機構2017年発表)を基に見てみましょう。
会社の規模が大きいと転勤の割合は高い
正社員(総合職)の転勤(転居を伴う配置転換)がどのくらいあるかの調査では、「正社員(総合職)のほとんどが転勤の可能性がある」33.7%になり、この割合は、企業の規模と正社員の数が多いほど、転勤の割合は高くなります。
転勤考慮で一番多いのは親の介護
会社側が転勤で家庭的事情を考慮したことがあるかについては、「親等の介護」56.7%が最も多く、次いで「本人の病気」「出産・育児」「結婚」「子の就学・受験」「配偶者の勤務(共働き)」と続きます。介護をはじめ転勤には家庭的事情の配慮が必要なことがわかります。
転勤経験で感じる困難さも、親の介護
現在の会社で自分の転勤経験を照らして、転勤を困難に感じることがあるかについては、「結婚しづらい」29.3%、「子供を持ちづらい」32.4%、「育児がしづらい」53.2%、「進学期の子供の教育が難しい」65.8%、「持ち家を所有しづらい」68.1%、「介護がしづらい」75.1%となっています(数字は「そう思う」「ややそう思う」の合計)。会社が社員の転勤を考慮する理由と同じく、社員自身も最も困難なのは介護だと感じていたことがわかります。
配偶者は転居先で正社員として働けない
過去3年間で、配偶者の転勤を理由に退職した正社員の有無については、「いる」が33.8%。そして、配偶者の転勤に伴う勤務地変更制度については、「制度としてある」2.0%、「制度はないが運用としてある」16.1%となり、転勤のあるカップルは、どちらかが転勤になると正社員を辞めて退職しなければならないのが実態でした。また、配偶者が転居先で正社員として働ける制度の少ないこともわかります。
(参考:https://www.jil.go.jp/institute/research/2017/174.html)
そもそも企業は何のために転勤をさせるのか?
社員に一定の負担をかける転勤という制度が維持されてきたのには、転勤にはそれなりのメリットがあるためです。たとえば次のようなことが考えられます。
社員教育・組織の活性化
上記調査によると、企業が転勤を行う目的は、社員の教育や組織の活性化を図ること。ほかに「処遇・適材適所」「組織運営上の人事ローテーションの結果」「社員への刺激」「事業拡大・新規拠点立ち上げに伴う欠員補充」「幹部の選抜・育成」「組織としての一体化・連携の強化」があります。
スキルの向上
社員側のメリットとしては、スキルの習熟度が高くなることです。地方の支店は人員が限られているため、1人で多くの業務を担当することが多いからです。また待遇面でも、昇給や昇進の実績は転勤未経験者より高いという調査報告もあり、キャリア形成や昇進には、全国を飛び回る転勤が欠かせない条件だったともいえます。
賃金差のない人材配置
会社の規模が大きい企業は幾つも支店があり、その主要ポストには賃金や登用に差をつけず能力ある人材を常時配置しなければなりません。これが滞りなくできるのは、転勤という制度があるからです。
「地域限定社員」と「フルリモート転勤社員」との違いは?
「地域限定社員」とは、フルリモート転勤が登場する前から存在し、転勤がないことを条件に現地採用される社員のことです。生活拠点を変えずに長く働けるため、子供の教育や親の介護等に配慮でき、ワーク・ライフバランスやキャリア形成をしやすいのが特長です。しかし、昇進・昇給に差があったり、支店が閉鎖になると解雇される可能性が高くなります。
一方、新たに登場したフルリモート転勤では、社員はフルリモート業務が基本になるので生活拠点が定まり、その意味では地域限定社員と同じといえます。異なるのは、昇進や昇給に差がないことや、支店が閉鎖されても解雇の可能性が低いことです。
「フルリモート転勤」で何が起こるか?
逆に、フルリモート転勤の導入で得られるメリットにはつぎのようなことが考えられるでしょう。
ライフプランが設計しやすくなる
転居を繰り返すことがなくなり生活拠点が定まるので、結婚や出産・育児、子供の進学、持ち家購入等のライフプランが立てやすくなります。
ワーク・ライフバランスが実現できる
単身赴任が解消されたり、家族と一緒に過ごす時間が増えるので、ワーク・ライフバランスが実現しやすくなります。また、家族一緒に転居していた場合、家族の犠牲(生活の変化によるストレス等)がなくなります。
配偶者の退職を防げる・共働きができる
生活拠点の変動がないので、転勤があるカップルも互いに正社員として働き続けることができ、共働きやキャリア形成がしやすくなります。
採用の競争力が高まる
近年は、「転勤による生活環境の変化」を望まない学生が男女ともに増えているため、転勤を廃止する企業は、採用の競争力を上げられます。また、入社後の離職を減らす効果も期待できるでしょう。
会社へのロイヤルティが高まる
社員自身や家族に負担がかかっていた転勤が解消されることは、社員のプライベートに配慮することになるので、会社へのロイヤルティを高められます。
転勤に伴う経費が節減できる
引っ越し費用や転勤先の住居費補助、単身赴任手当や週末の帰省費等の経費が節減できます。
こうしたメリットがある一方で、今後はこれまで転勤によって得られていたメリットを、フルリモート転勤がどうカバーしていくかが課題になります。
例えば、全国転勤制度を廃止したAIG損保では、全社員の希望を聞いて「転勤を希望しない社員(エリア内異動はよい)」と、「転居を伴う全国転勤を受け入れる」社員とに分けました。そして、前者の方法で支店に人材が不足した場合のみ、全国転勤を受け入れる社員を配置するシステムを構築しました。
このような方法は、社員の希望を反映しなくてもよかった会社主導の人材配置と比べると手間はかかります。しかし今後はこのように、社員一人ひとりの希望を聞く“手間をかけた”人材配置が必要になってくるでしょう。
「フルリモート転勤」の成功のカギは?
成功のカギ1) テレワーク業務を成功させる
最も重要なのは、テレワーク業務を滞りなく遂行させることです。特に転勤の対象になる管理職やその候補者には、テレワーク業務の効率を高めることや、部下の仕事のマネジメント、エンゲージメントを高めるスキルを身につけることが必要でしょう。「テレワークマネジメント研修(※1)」等で強化を図ることをおすすめします。また、出勤者とテレワーカーが混在する「まだらテレワーク」も少なからず存在することも予想されるので、その問題点(※2)の認識も欠かせません。
※1 オンラインで学ぶ「テレワークマネジメント研修」
https://solution.jma.or.jp/telework_management/
※2 「まだらテレワーク」環境の問題点とその乗り越え方
https://solution.jma.or.jp/column/c210623/
成功のカギ2) 転勤がある人を優遇する
例えば、全国転勤制度を廃止したAIG損保は、転勤を希望しない社員と、転居を伴う全国転勤を受け入れる社員は、約7対3の割合になっています。制度上、転居を伴う転勤は一定数必要なので、全国転勤を受け入れる社員には住宅手当や単身赴任、帰省費等を従来の金額をさらに引き上げ、特別に優遇する制度を作りました。
まとめ
転勤が原因で採用難に直面しているのであれば、家族や私生活の犠牲の上に成立していた転勤のあり方を見直すことも一つの方法です。改めて、自社に即したフルリモート転勤のあり方を模索してみてはどうでしょうか。
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