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ナッジを人材育成に活用する
ナッジとは、行動経済学の理論に基づき、日常生活の中で人々の行動を促すためにさりげなく活用されている理論です。ナッジを構成する要素、活用法などを知ることで、人材育成への応用についても考えてみましょう。
ナッジとは何か?
「ナッジ」は、日本語では「ひじで軽く突く」「背中を押す」などの意味を持つ言葉です。ユーザーに対して強制することなく、さりげなくきっかけを与えて意思決定を誘導する方法のことです。ナッジ理論はアメリカの行動経済学者であるリチャード・セイラー教授が提唱した理論で、彼が2017年にノーベル経済学賞を受賞したことで注目度が増しました。現在では、アメリカの企業や政府を中心に世界中に広まり、多くの企業でマーケティング戦略として利用されています。
ナッジのベースにあるのが行動経済学です。行動経済学は、人間は情報や感情に流されて行動を起こすことを前提に、その結果、社会にどのような影響が出るのかを考える学問です。
ナッジの代表的な例に、飲食店の「本日のおすすめ」と書かれたメニューの設置があります。人間は選択肢が多すぎると意思決定を避ける傾向にあり、「おすすめ」があるとそれに従う行動が起こりやすいことを利用した手法といえます。
また、ナッジに似た「スラッジ」という概念もあります。日本語では「ヘドロ」や「泥」を意味し、ネガティブな意味で「負のナッジ」ともいわれます。スラッジは、ユーザーに合理的な行動をさせないように、不利な選択へと誘導したり、より複雑な手続きを要求したりする仕組みのことです。たとえば、ユーザーが何かのサービスを退会しようとした際に、Webサイトからは手続きできず、電話でしか退会できない仕組みなどはスラッジに当たります。
ナッジの4つの要素
ナッジには、ユーザーに行動を促すために重要な4つの要素があります。これら4つの頭文字を取った「EAST」というフレームワークを紹介します。
Easy(簡単)
簡単にかつ手間が少なく行動できるように、できるだけシンプルにすることです。
例)
- アンケートの回答の回収率をあげるために記述式でなく選択式にする
- アプリを使ってもらうために、端末を近づけるだけで簡単に接続できるようにする
- 書類を読みやすくするために漢字にふりがなをつける
Attractive(魅力的)
魅力的で印象に残るような選択肢を用意することです。
例)
- 成果を出した人を表彰する
- サービス名を印象に残りやすいネーミングにする
- 階段利用を促すために、階段を利用した際の消費カロリーを表示する
Social(社会性)
社会的によしとされる規範を示すことで、同じ行動をとるように促すことです。
例)
- 従業員に健康診断の受診を促す際に「毎年、従業員の8割以上が受診している」と伝える
- 目標を達成するために定期的に朝礼でリマインドする
- チームで取り組む仕組みを作る
Timely(タイムリー)
適切なタイミングでアプローチして、行動を促すことです。
- 結婚のタイミングで保険を勧める
- 健康診断の数か月前から、期間限定の運動促進のキャンペーンを行う
- 成績優秀者として表彰されたタイミングで、次の目標設定を促す
ナッジ活用のテクニック例
ナッジの応用するための身近なテクニックには次のようなものがあります。
デフォルト
選んでもらいたい選択肢をあらかじめ選ばれた状態にしておく方法です。
例)
- 出席してほしい会議の出欠アンケートに「参加する」をデフォルトに設定しておく
- サービス申し込み画面で、「メルマガ送信可」が選択された状態にしておく
フィードバック
選択肢した行動や結果に対して、特定の反応が返ってくる仕組みを作ることです。人間が持つ、「行動への反応があるとモチベーションが上がる」という性質を活用したものです。人材育成の場面でも活用しやすいテクニックです。
例)
- 冷蔵庫が開けっぱなしになっていたら音がなる機能をつける
- 部下の業務報告に対してフィードバックを行う
インセンティブ
行動に対してプラスの結果を与えることです。金銭的なものだけでなく、まわりからの賞賛なども含みます。
例)
- スタンプが10個貯まると支払いが500円引になる
- 成績優秀者にMVPの表彰をする
エラーの予期
誤った選択や行動をしないように、前もって対策を施しておくことです。
例)
- 間違いやすい選択肢に太字や色付けをして、明確に表示する
- ATMでカードの取り忘れを防ぐために、カードなど返却したあとで現金が出てくる仕組みを作る
選択肢の体系化
多くの選択肢や情報がある際に、選びやすくするために情報を整理することです。
例)
- メニューに「期間限定」を掲載する
- 不動産物件を「駅からの距離」「広さ」「間取り図」「家賃」など比較しやすいようにグループ化する
人材育成の場面でどう役立つのか?
「デフォルト」の活用例
任意参加型の研修への参加率をあげる施策として、デフォルトを「出席」とし、欠席する場合には担当者に連絡を必須とする方法が考えられます。研修内容が招待者全員にとって必要なものだという印象が生まれ、出席率の向上につながります。
「フィードバック」の活用例
上司が部下の強みや改善点を定期的にフィードバックすることで、部下の改善へのモチベーションが上がります。マイナス面を強調するのではなく、ポジティブな点、成長できる点を建設的に伝えることがポイントです。
「インセンティブ」の活用例
従業員に「資格」を取ってほしい場合、「この資格を持っている人が部署にいることで獲得できる案件の幅が広がる」「資格を取ることによって、幅広いポジションに挑戦できる」などと伝えることで従業員の内発的動機に訴えることができ、モチベーションが高まります。
ナッジを人材育成に活用すると、従業員の自発性を高めることができます。上手に活用することで、メンバーの学びや成長を促すよう、意識してみるのもよいかもしれません。