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未来予測の目的と、その難しさ|未来を洞察する時代Vol.2

公開日:2015/12/14 更新日:2020/07/08

『未来を洞察する・予測する』という活動は、日本企業にとってどれほど重要性・緊急性を増し、またこれから私たちは「未来洞察」「未来予測」をどのように進めていったらいいのか。

JMA主催「日本CTOフォーラム」でのファシリテーターをお務めいただいたり、「未来洞察」「未来予測」の第一人者として研究・講演活動をされている富士通総研特任研究員 安部忠彦氏にお話を伺いました。

(前回の内容はこちら

未来予測の目的

企業が未来予測をおこなう目的としては以下の点を指摘できるでしょう。

(1)企業の中長期ビジョンの策定
第一に、自社の中長期ビジョン策定の前提に使うことです。経営環境の変化が激しくなり、経営としてやるべきことが次第に複雑になり見えにくくなると、当面の目先の対応に忙しくなり、中長期的視点がどこかに行ってしまう。これを避けるには、中長期的ビジョンを持ち、常に先導役とすることが必要です。
中長期ビジョンを作るには、まず未来を読む活動が必須になってきます。未来予測は、中長期ビジョンから、次の第二の目的で述べる中長期戦略の事業ロードマップ、技術ロードマップに落とし込んでゆくときの全社共通的情報となるものです。

(2)事業戦略・技術戦略の策定
第二には、中長期ビジョンの一環になりますが、事業戦略・技術戦略策定に用いることです。経営環境の変化を先読みし、他社より先に事業上の優位なポジション、特に他社と無駄に戦わずして勝てるような状況を先取りして構築することが重要になります。会社のビジョンと予測・選択された未来の社会像を掛け合わせ、これから開拓すべき自社独自の勝てる新事業ドメイン、ビジネスチャンスを見出すという使われ方です。

(3)全社員が持つべき”非連続変化”への備え
第三に、他社より早く未来への予兆を知り、経営トップ、社員にアクションを促し、将来の変化に対応できずにサドンデスとなることを回避すると言う目的もあるでしょう。
より具体的に言うと、自社が未来に対面するかもしれない非連続変化への備えのため、ということです。その場合に必要なのは、未来予測を、全社員が自らのこととして非連続変化への備えを考えることの題材にすることです。つまり、未来を読んだ結果、自分の業務が無くなってしまうかもしれないという強い危機感を持ってもらい、会社も自分自身もどう変わるべきかを真剣になって考えることのきっかけにしてもらうのです。

(4)研究開発戦略・テーマ策定の前提として
第四に、技術部門においては、研究開発戦略や技術戦略での活用、研究開発のテーマ策定への活用という目的があります。
あるIT企業では、技術の未来予測においては、顧客や社会に大きな影響を与え、今までに無い事業領域を生み出すような技術を見出し、その結果を技術開発テーマ選択・採用時に利用しています。

(5)人材育成のプロセスとして
第五としては、未来予測活動を行うことで人材の育成に活用したい目的もある。企業の声を聞くと、実は未来予測を行うのは、若手中心に人材育成を行うことが隠れた真の目的という例も多くあります。

産業によって未来予測のスケールは異なる

①未来予測を行う場合、それぞれの企業が持つ整品やサービス開発に要する時間の長さ、製品ライフサイクルの長さ、開発に関係する主要技術の陳腐化スピードの速さ、各産業の主要顧客の価値観の変化のスピードの違い等を考慮に入れる必要があります。その違いによって、各産業はどのくらい先まで、より確度が高い未来を読むべきか、読めそうかの概観が違ってきます。

例えば食品企業では、技術のロードマップを考える場合でもマーケテイングを考える場合 でも読めるのは2‐3年先までが限度といいます。

一方、プラント企業では、プラント事業は長期を要するので10年以上先を読む必要がある。また資源関連企業や長く維持す べき建設対象物を扱う建設企業でも、例えば20年以上先まで読む必要があるでしょう。

変化の激しいICT技術をベースにするB2Cの電気企業では食品企業と似て3年程度が現実的となり、機械企業では5年から10年、素材企業は比較的長く10年以上が多く、住宅設備業なども10年程度先まで読む必要があるとみられます。

こうした時間軸の違いに応じ、各産業毎の未来予測・洞察のスタンスも、
① 「目の前の消費者顧客の価値変化把握重視型」、
② 「リーディング顧客企業のニーズ把握重視型・技術差別化重視型」、
③ 「政府のインフラ施策や中長期的な社会変化把握重視型」

に分類されるでしょう。この中で①は顧客価値重視、特に機械系の場合では技術予測重視、②は技術面や主要顧客企業動向重視、③が社会変化予測重視になりそうです。制度面の変化の未来予測は①②③ともに重要でしょう。

未来予測とマーケティング調査の違い…”現在からの連続”を離れることの難しさ

未来予測とマーケティング調査の違いについて考えるのも重要です。
マーケティング調査の予測対象期間というと、1-3年程度ではないでしょうか。マーケティング調査は確度が強く要請されるので、長期になればなるほど確度があいまいになり、実際の事業計画には使いづらくなる。従って現在の問題・課題がみえており、そのトレンドをそのまま外挿できやすい期間の、連続的な予測となる。やり方としては現状を延長するフォアキャステイングです。

それに対して未来予測は、現在との非連続性も確度の低さも許容し、その上で例えば10年なら10年先の未来、今は見えていない問題や課題を推定するものです。もちろん現在に何らか の予兆は存在しうるし、それがヒントにもなるが、多くは現在との間に何らかの転換が発生していることも多い。非連続性を前提としています。

不確実な・仮説的な未来でも、そこからさかのぼり、では現在どう対処すべきかというバックキャステイング視点で、経営戦略・決断に結び付けるのが未来予測なのです。

実際の未来予測をやっていると、時間の先に飛んで、非連続でパラダイムがシフトしている世界を推定し、戦略的な決断に結び付けるのは、誰にも簡単にできることではないということに気づかされます。どうしても現在の予兆の多い、現在と連続的なマーケティング調査の手法に引き戻されがちになる。

ある著名企業の、こうした分野に見識のあるCTOで さえも、「未来予測をしながら、何度も足元の連続した情報にすがりたくなる、引き戻される。特に未来の新規事業を検討するとなると、確度のあいまいな未来を基に決断するには大きな不安を覚える」と言っている。そのくらい未来予測は難しいことなのです。

~つづく(2/4)~
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安部 忠彦(あべ ただひこ)株式会社富士通総研 経済研究所 特任研究員

【専門領域】
産業構造変化、競争力、技術政策、サービス・サイエンス、サービス・イノベーション、技術経営(MOT)

【最近の研究テーマ】
•日本のICT投資を経済成長に繋ぐには
•グローバルICTガバナンスの在り方
•産学連携を成功させるために
•日本の技術経営におけるCTOの果たす役割り
•オープンイノベーションの在り方