今どき研修テーマ&メソッド図鑑
社員のポータブルスキルを高める意義
ポータブルスキルとは、どのような業種、職種であっても通用するスキルであることから、「転職に有利なスキル」というイメージがあるかもしれません。しかし、現代のような変化の激しい環境においては、社員がポータブルスキルを高めることは企業にとっても大きな意義を持ちます。ここでは、ポータブルスキルとはどんなスキルを指すのかを確認したうえで、それが企業にどんなメリットをもたらすのかを考えてみます。
ポータブルスキルとはどんなスキルか
ポータブルスキルとは、専門的な知識や能力とは別に、仕事や職場が変わっても発揮できる汎用性の高いスキルのことです。
ポータブルスキルが注目されたきっかけは、2014年度の厚生労働省の「キャリアチェンジ支援事業(正式名称は「キャリアチェンジのための汎用的スキルの把握方法の検討及びキャリア・コンサルティング技法開発等の実施」)」でした。この事業はおもに中高年層を対象に、年齢の壁を克服して異なる職業への転職を支援するものでした。中高年層が身につけてきた専門的なスキルとは別に、仕事や職場が変わっても活かせる能力は何かを見極めて可視化したのがポータブルスキルであり、研修や診断に使うためのテキストが一般公開されたことにより、広く知られるようになりました。
それから約10年を経た現在、ポータブルスキルは中高年層だけでなく、働くどの世代にも重要なスキルであることが認識され始めています。
「キャリアチェンジ支援事業」の定義によると、情報収集力や課題設定力、計画力や遂行力、コミュニケーション力、マネジメント力をまとめたようなスキルであり、とても汎用性のあるスキルです。
関連語との比較でポータブルスキルを理解する
ポータブルスキルについて理解するために、関連する言葉と、それらとの意味の違いをご紹介しましょう。
ファーム・スペシフィック・スキル
ファーム・スペシフィック・スキルは特定の会社・組織の中でしか通用しない独自のスキルのことを指します。例えば、社内で新商品や事業計画を「説明する能力」だったり、担当部署や担当者へ根回しする「調整する能力」などです。
このスキルは仕事を円滑に進めるためのもので、社内のことを知り尽くしている人ほどスキルが高くなると言えます。こうしたスキルは、一つの企業で定年まで働く時代には強みになりましたが、現代では、その意義は低下しているといえるでしょう。
ファーム・スペシフィック・スキルがその会社・組織で価値を発揮するスキルだとすれば、ポータブルスキルは特定の会社・組織に関係なく活かせるスキルということになります。
テクニカル・スキル
テクニカル・スキルは仕事をするために必要な専門的な能力や知識のことを指します。このスキルは特定の職種に従事したのちに、経験を積むことで身に付けることもできます。
一般的にポータブルスキルが土台にあるとテクニカル・スキルは高い効果を発揮すると言われています。逆に言うと、ポータブルスキルが低いと、テクニカル・スキルの効果も薄いということを意味します。新人を対象にした研修では、ポータブルスキルを優先するとよいかもしれません。
ポータブルスキルの要素とは?どんな力をつければよいか?
厚生労働省のキャリアチェンジ支援事業ではポータブルスキルを、「仕事のし方」と「人との関わり方」という2つのスキルに分けて捉えています。これらを鍛えるためには、「仕事のし方」と「人との関わり方」を構成する要素をさらに小さく分けてみることが手掛かりになります。厚生労働省ではそれぞれの要素について、次のように整理しています。
仕事のし方
- 現状の把握…取り組むべき課題やテーマを設定するために行う情報収集やその分析のし方
- 課題の設定…事業、商品、組織、仕事の進め方などの取り組むべき課題の設定のし方
- 計画の立案…担当業務や課題を遂行するための具体的な計画の立て方
- 課題の遂行…スケジュール管理や各種調整、業務を進めるうえでの障害の排除や高いプレッシャーの乗り越え方
- 状況への対応…予期せぬ状況への対応や責任の取り方
こうして見ると、「仕事のし方」は、概念化能力と呼ばれるコンセプチュアルスキルに近いと考えられます。ロジカルシンキング、ラテラルシンキング、クリティカルシンキング、多面的視野、柔軟性、知的好奇心、探求心、チャレンジ精神、俯瞰力、応用力、洞察力、直観力など複数の能力から成り立っているのがコンセプチュアルスキルです。このスキルを鍛えることが仕事のし方に関するスキルを効果的に磨くことになるでしょう。
人との関わり方
- 社内対応…経営層・上司・関係部署に対する納得感の高いコミュニケーションや支援の獲得のし方
- 社外対応…顧客、社外パートナーなどに対する納得感の高いコミュニケーションや利害調整、合意形成のし方
- 上司対応…上司への報告や課題に対する改善に関する意見の述べ方
- 部下マネジメント…メンバーの動機付けや育成、持ち味を生かした業務の割り当てのし方
こうした力は、経営層や上司、お客様へのコミュニケーション力や、部下のマネジメント力を高めることで鍛えられるでしょう。
ポータブルスキルを磨くメリットとは?
ポータブルスキルを高めるメリットを「個人、企業」の視点からご紹介します。
個人にとってのメリット
ポータブルスキルはとても汎用性の高いスキルで、働く人すべてが求め続けられる能力であり、それはそのままエンプロイアビリティ(雇用され得る能力)につながります。個人がポータブルスキルを磨くと転職に有利だということはよく言われますが、同じ社内で働きつづける場合でも、いま所属する部署だけでなく、他部署に異動しても活躍できる可能性が高まるといえます。
企業にとってのメリット
・企業全体の力が高まる
ポータブルスキルはそもそも働く人すべてが必要とする基礎的なスキルです。社員一人一人がこのスキルを磨くことは、組織の利益向上や業務の効率化など、企業全体の力を高めることにつながるでしょう。
・人員配置が円滑にできる
ビジネス環境の変化が激しい中では、事業構造の変化などに伴い、社員に対して、新しい事業、部署、職種、業務への挑戦を求めざるを得ない場面が多くなります。そうした際に、社員一人一人にポータブルスキルが備わっていると、円滑に人員配置を進めることができます。
こうしたメリットとは別に、採用基準としてポータブルスキルを念頭におくことで、自社の企業風土や、幅広い業務で活躍できる質の高い人材を獲得しやすくなる、といったことも考えられます。
誰がポータブルスキルを身につけるべきか?
ポータブルスキルはどんな仕事をする上でも役に立つスキルです。本来は、どの年代・階層の人も身につけておくとよいスキルと言えるでしょう。
ただし、とくに階層が上がればより必要になるスキルといえます。ビジネス環境が激しく正解がひとつでない環境では、どんな状況にあっても周囲が納得する答えを導き出し、部下をまとめることがリーダーに求められます。この時、ポータブルスキルが役に立つと考えられるからです。
まとめ
ポータブルスキルは本来、働く人すべてが身につけておくとよいスキルです。企業として力を高め、十分に人材を活用するためにも、社員がポータブルスキルを磨くための支援を検討してみてはいかがでしょうか。